プリンセス天功の出身地はどこ年齢はいくつ?初代引田天功とは

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プリンセス天功は、化粧は指定したものを使用するとなっていて、メイクがいつも一緒で、若々しくて,年を感じさせませんが実際のところお幾つなんでしょう?

プリンセス天功

 

プリンセス天功の出身地はどこで、年齢はいくつ?

本名 板倉真理子(いたくらまりこ)

生年月日 1956年6月29日(エェ!ホント!)

出身地 新潟県新井市中央町出身

芸名 朝風まり(当時)

日本女子短期大学舞踏科卒でデビューシングルの「ザ・マジック」当時21歳!!

プリンセス天功

1978年、朝風まり時代にレコードを出しています。CBSソニーから「ザ・マジック」と「くせになるから」の2曲です。

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1976年から引田天功に師事し、1977年には引田天功の代役で「空中ケーブルからの大脱出」をこなしていた若手タレント朝風まりが、マジックをしながら歌う異色のアイドル歌手としてデビューしています。

引田天功の死後、二代目引田天功を襲名、プリンセス・テンコ―の別名で活躍中。

マイケル・ジャクソンとも親交が深く、彼が亡くなった直後に、その衝撃の中一晩で鉛筆画を書き上げ公開されている。

アメリカのプロフィールでは「UFOに乗って地球に降り立った」と紹介され、テンコ―人形は800万対売れるなど、海外で人気の高い日本人の一人です。

初代引田天功という人はどんな人?

初代、引田天功さんは1934年生まれの神奈川県横浜市の生まれ。初代は男性で、水中や爆発などの極限状態からの脱出イリュジョンを得意としていましたね。

1968年から1975年までに7回にわたって日本テレビの特番に放送された「死のジェットコースター大脱出」「死の水道管大脱出」「油地獄水面炎上大脱出」といった従来のマジックでは考えられないほどのスケールの大きさで高視聴率を上げていました。

日本中に脱出ブームを巻き起こした引田天功は自身が尊敬する「脱出王」のハリー・フーディーニの脱出劇にヒントを得たといわれています。

その「脱出王」と異名を取った、ハンガリーブタペスト出身のユダヤ人で、本名はエリック・ヴァイス。1891年にアメリカで出版された「縄抜け」のテクニックに興味を持ったことでマジシャンへの道を志し従兄弟とともにコンビで興業していたという。

でも、1926年、楽屋を訪れたホワイトヘッドという大学生に「腹部を強く殴られても平気」という芸を見せる際に、フーディーニが準備していない段階で殴られたことが原因で死亡したそうです。(これって、殺人罪?)

引田天功も1979年、大晦日に志半ばで死去。45歳と云う若さの死でした。「煙を吸い込んで,肺を痛めたのが早死につながった」との噂も立ったが、死因発表は心臓病死であった。

プリンセス天功

初代から2代目につながれる脱出イリュージョン。プリンセス天功は公演中、機材トラブルに見舞われて怪我したこともあり、2013年10月から吉本興業への所属事務所移籍で心機一転。 頑張るプリンセス天功に期待したいですね。ガンバレ!天功!!

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