佐々木健介の引退試合理由は?性格と生い立ちは?

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デビュー当初、全く勝つことが出来ず、初勝利までに203連敗という記録を喫している佐々木健介さん。妻の北斗晶さんは逆に当時デビューからの連勝を記録。そんな真逆な佐々木健介さんのことを調べてみました。

佐々木健介の引退の理由と引退試合!

2014年2月11日の東京・後楽園ホールで愛弟子の中嶋勝彦さんとのシングルマッチ戦で敗れ、「中嶋勝彦に負けたことが嬉しくなった、負けてもくやしい気持ちにならなかった。その時に佐々木健介というレスラーは終わったのだと思った」と語った。

中嶋勝彦さんとの一戦を最後の戦いとして引退試合、引退興業を行わずこのままリングを去る意志を表明しました。

頸椎椎間板ヘルニアを手術し12年10月から翌年2月まで欠場し、爆弾を抱えながら戦ってきたが、ついに引退の時期を迎え、涙もなく笑顔の引退会見となりましたね。

佐々木健介

佐々木健介のレスラーとしての性格とは?

佐々木健介さんと言えば、鬼嫁で知られる妻で元女子プロレスラーの北斗晶さんに尻に敷かれている良き夫のイメージですが、プロレスファンや業界関係者の間では違った一面を持ち合わせていると言います。

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新日本プロレス時代に道場長を務めていた佐々木健介さんは、若手レスラーに行き過ぎたシゴキが常習化し、日常的にいじめを受けていて「殺意をいだいた」というレスラーもいたという。

佐々木健介

1995年1月に新日本の練習生だった当時22歳の権瓶広光さんがスパーリング中に脳挫傷の事故で死亡しました。死亡した際に、コーチを務めたのが佐々木健介さんで、事故の技をかけたのも佐々木健介さんと言われています。

これは警察の調べで「事故死」として処理されたが、日本でも活躍したカナダ出身のスーパースターのクリス・べノワ(故人)は自伝の中で「あれは殺人事件だった」と断言していますが・・・。

佐々木健介の壮絶な生い立ちは!

佐々木健介さんは福岡県福岡市南区出身で、中学時代より柔道をはじめ高校卒業後、長州力さんにあこがれ1985年6月にジャパンプロレスに入門し、1986年2月に笹崎伸司戦でデビューしました。

プロレスに入門するまでの生い立ちは壮絶なものだったようですね。「毎晩のように父親から虐待されていて、近所の吉村のおじさんが面倒をみてくれた」とテレビで言われていました。

TBSテレビの「逢わせ屋」という番組に登場した佐々木健介さんは、今、どうしても会いたい人に、その吉村のおじさんを探してもらったのですが、残念ながら、おじさんはすでに亡くなっていて、佐々木健介さんは声をあげて泣き崩れ、号泣していました。残念!(泣)

小さい頃は、壮絶な生い立ちで愛が得られなかったと言われていました、佐々木健介さん。北斗晶さんと結婚し、ふたりの子供さんを授かり、愛情いっぱいの家庭を築いている佐々木健介さん。今度は子供さんにたくさんの愛情をあげてくださいね。

佐々木健介さんの今後の活躍を期待しています。応援していますのでガンバレ!!北斗晶さんも病気なんかにに負けるな!日本中の人が応援しているぞ~

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